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十七条憲法
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2022-08-02T00:30:29Z
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| year = 604
| 年 = 推古天皇十二
| wikipedia= 十七条憲法
| notes =
'''十七条憲法'''('''じゅうしちじょうけんぽう''')
*[[:zh:日本書紀/卷第廿二|『日本書紀』第二十二巻]] 豊御食炊屋姫天皇 推古天皇十二年(604年)
*原文は[[Page:Gunshoruiju27.djvu/117|群書類従巻第四百七十四]]による。
*訓は有馬祐政編『勤王文庫』第一篇(大日本明道館。大正八年十月五日発行:{{NDLJP|959961/16}})による。
<!-- 米国にて著作権存続中のためコメントアウト
*口語訳は林竹次郎「ハナシコトバ十七條憲法」『林古溪小篇第一(補訂第三版)』古溪歌會、昭和十年、{{NDLJP|1272857}} による。
*口語訳(新字新仮名遣)は林の口語訳を新字新仮名遣に改め、難読字にルビを振り、踊り字を調整したものである。
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}}🥕
== 原文 ==
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== 訓 ==
一に曰はく、和を以て{{ruby|貴|たつと}}しと為し、{{ruby|忤|さから}}ふこと無きを宗と為す。人皆{{ruby|党|たむら}}有りて、亦達者少し。是を以て或は君父に{{ruby|順|したが}}はずして、{{ruby|乍|たちま}}ち隣里に{{ruby|違|たが}}ふ。然れども上{{ruby|和|やはら}}ぎ下{{ruby|睦|むつ}}びて、事を{{ruby|論|あげつら}}ふに{{ruby|諧|ととの}}へば、則ち事理自ら通ず、何事か成らざらむ。
二に曰はく、{{ruby|篤|あつ}}く{{ruby|三宝|さんぼう}}を敬へ。三宝は仏法僧なり。則ち{{ruby|四生|ししやう}}(胎生、卵生、湿生、化生の称、凡べての生物をいふ也)の{{ruby|終帰|しうき}}、万国の{{ruby|極宗|きょくそう}}なり。{{ruby|何|いづれ}}の世、{{ruby|何|いづれ}}の人か{{ruby|是|こ}}の{{ruby|法|のり}}を貴ばざる。人{{ruby|尤|はなは}}だ悪しきもの{{ruby|鮮|すくな}}し。能く教ふるをもて従ふ。其れ三宝に帰せずんば、何を以てか{{ruby|枉|まが}}れるを直さむ。
三に曰はく、{{ruby|詔|みことのり}}を{{ruby|承|う}}けては必ず謹め。君をば{{ruby|天|あめ}}とす。{{ruby|臣|やつこら}}をば{{ruby|地|つち}}とす。天{{ruby|覆|おほ}}ひ地載す。四時{{ruby|順|よ}}り行き、{{ruby|方気|ほうき}}{{ruby|通|かよ}}ふを得。地天を{{ruby|覆|くつがへ}}さんと欲するときは、則ち{{ruby|壊|やぶれ}}を致さむのみ。是を以て君{{ruby|言|のたま}}ふときは臣{{ruby|承|うけたまは}}る。上行へば下{{ruby|靡|なび}}く。故に詔を承けては必ず慎め。謹まざれば自らに敗れむ。
四に曰はく、{{ruby|群卿|まちぎみたち}}{{ruby|百寮|つかさづかさ}}、礼を以て本と{{ruby|為|せ}}よ。其れ民を治むる本は、要は礼に在り。上礼無きときは下{{ruby|斉|ととのほ}}らず。下礼無きときは以て必ず罪有り。是を以て君臣礼有るときは、位の{{ruby|次|つぎて}}乱れず。百姓礼有るときは、{{ruby|国家|あめのした}}自ら治まる。
五に曰はく、{{ruby|饗|あぢはひのむさぼり}}を絶ち、欲を棄て、明に{{ruby|訴訟|うつたへ}}を弁へよ。其れ百姓の{{ruby|訟|うつたへ}}は一日に千事あり。一日すら尚{{ruby|爾|しか}}り。況んや歳を{{ruby|累|かさ}}ぬるをや。須らく訟を治むべき者、利を得て常と為し、{{ruby|賄|まひなひ}}を見て{{ruby|讞|ことわり}}を{{ruby|聴|ゆる}}さば、{{ruby|便|すなは}}ち{{ruby|財|たから}}有るものの訟は、石をもて水に投ぐるが如し。乏しき{{ruby|者|ひと}}の訟は、水をもて石に投ぐるに似たり。是を以て貧しき民、則ち{{ruby|所由|よるところ}}を知らず。臣道亦{{ruby|焉|ここ}}に於て{{ruby|闕|か}}けむ。
六に曰はく、悪を{{ruby|懲|こら}}し善を勧むるは、古の{{ruby|良|よ}}き{{ruby|典|のり}}なり。是を以て人の善を{{ruby|慝|かく}}すこと無く、悪を見ては必ず{{ruby|匡|ただ}}せ。若し{{ruby|諂|へつら}}ひ{{ruby|詐|いつは}}る者は、則ち国家を覆すの利器たり。人民を絶つ鋒剣たり。亦{{ruby|侫媚者|かたましくこぶるもの}}は、上に{{ruby|対|むか}}ひては則ち好みて下の過を説き、下に逢ては則ち上の{{ruby|失|あやまち}}を{{ruby|誹謗|そし}}る。其れ{{ruby|如此|これら}}の人は、皆君に{{ruby|忠|いさをしきこと}}{{ruby|无|な}}く民に{{ruby|仁|めぐみ}}無し。是れ大きなる乱の本なり。
七に曰はく、人各{{ruby|任掌|よさしつかさど}}ること有り。宜しく{{ruby|濫|みだ}}れざるべし。其れ賢哲官に{{ruby|任|よさ}}すときは、{{ruby|頌音|ほむるこゑ}}則ち起り、奸者官を{{ruby|有|たも}}つときは、禍乱則ち繁し。世に生れながら知ること少けれども、{{ruby|尅|よ}}く{{ruby|念|おも}}ひて聖を{{ruby|作|な}}せ。事大小と無く、人を得て必ず治む。時急緩と無く、賢に遇ひて{{ruby|自|おのづか}}ら{{ruby|寛|ゆたか}}なり。此に因て国家永久、{{ruby|社稷|しやしよく}}危きこと無し。{{ruby|故|か}}れ古の聖王、官の為に以て人を求む、人の為に官を求めたまはず。
八に曰はく、群卿百寮、早く{{ruby|朝|まゐ}}り{{ruby|晏|おそ}}く{{ruby|退|まか}}でよ。公事{{ruby|監|いとま}}{{ruby|靡|な}}く、{{ruby|終日|ひねもす}}にも尽し難し。是を以て遅く{{ruby|朝|まゐ}}れば急に{{ruby|逮|およ}}ばず。早く{{ruby|退|まか}}れば必ず事{{ruby|尽|つく}}さず。
九に曰はく、信は是れ義の本なり。事{{ruby|毎|ごと}}に信有れ。若し善悪成敗、要は信に在り。君臣共に信あるときは何事か成らざらむ。
十に曰はく、{{ruby|忿|いかり}}を{{ruby|絶|た}}ち{{ruby|瞋|いかり}}を棄て、人の違ふことを怒らざれ。人皆心有り。心各執ること有り。彼{{ruby|是|ぜ}}なれば吾は非なり、我是なれば則ち彼非なり。我必ずしも聖に非ず。彼必ずしも愚に非ず。共に是れ{{ruby|凡夫|ぼんぶ}}のみ。是非の理、誰か能く定む可き。相共に賢愚、{{ruby|鐶|みみがね}}の端{{ruby|无|な}}きが如し。是を以て彼の人は{{ruby|瞋|いか}}ると雖も、{{ruby|還|かへつ}}て我が{{ruby|失|あやまち}}を恐る。我独り得たりと雖も、衆に従ひて同く{{ruby|挙|おこな}}へ。
十一に曰はく、功過を{{ruby|明察|あきらか}}にして、賞罰必ず当てよ。{{ruby|日者|このごろ}}、賞功に在らず、罰{{ruby|罰|つみ}}に在らず。事を執れる群卿、宜しく賞罰を明にすべし。
十二に曰はく、{{ruby|国司|みこともち}}{{ruby|国造|くにのみやつこ}}、百姓に{{ruby|歛|をさめと}}ること勿れ、国に{{ruby|二君|ふたりのきみ}}{{ruby|非|な}}く、民に{{ruby|両主|ふたりのぬし}}無し、{{ruby|率土|そつと}}の兆民、{{ruby|王|きみ}}を以て{{ruby|主|しゆ}}と為す。{{ruby|所任官司|よさせるつかさみこともち}}は皆是れ王臣なり。何ぞ敢て{{ruby|公|おほやけ}}と{{ruby|与|とも}}に百姓に{{ruby|賦斂|をさめと}}らむ。
十三に曰はく、{{ruby|諸|もろもろ}}の{{ruby|任官者|よさせるつかさびと}}、同じく{{ruby|職掌|つかさごと}}を知れ。或は{{ruby|病|やまひ}}し或は{{ruby|使|つかひ}}して、事に{{ruby|闕|おこた}}ることあり。然れども知るを得ての日には、{{ruby|和|あまな}}ふこと{{ruby|曾|さき}}より{{ruby|識|し}}るが如くせよ。其れ{{ruby|与|あづか}}り{{ruby|聞|き}}くに非ざるを以て、{{ruby|公務|まつりごと}}を{{ruby|防|さまた}}ぐること勿れ。
十四に曰はく、群卿百寮、{{ruby|嫉|そね}}み{{ruby|妬|ねた}}むこと有る{{ruby|無|なか}}れ。我既に人を嫉めば、人亦我を嫉む。{{ruby|嫉妬|しつと}}の患、其の極りを知らず。{{ruby|所以|ゆゑ}}に智己れに{{ruby|勝|まさ}}れば、則ち悦ばず。才己れに{{ruby|優|まさ}}れば、則ち{{ruby|嫉妬|ねた}}む。是を以て{{ruby|五百|いほとせ}}にして乃ち{{ruby|賢|さかしびと}}に遇はしむれども、{{ruby|千載|ちとせ}}にして以て一聖を待つこと難し。其れ聖賢を得ざれば、何を以てか国を治めむ。
十五に曰はく、私を背いて公に向くは、是れ臣の道なり。凡そ{{ruby|夫人|ひとびと}}私有れば必ず{{ruby|恨|うらみ}}有り、{{ruby|憾|うらみ}}有れば必ず{{ruby|同|ととのほ}}らず。同らざれば則ち私を以て公を妨ぐ。{{ruby|憾|うらみ}}起れば則ち{{ruby|制|ことわり}}に違ひ{{ruby|法|のり}}を{{ruby|害|やぶ}}る。故に初の{{ruby|章|くだり}}に云へり、上下{{ruby|和諧|あまなひととのほ}}れと。其れ亦{{ruby|是|こ}}の{{ruby|情|こころ}}なる{{ruby|歟|かな}}。
十六に曰はく、民を使ふに時を以てするは{{ruby|古|いにしへ}}の{{ruby|良典|よきのり}}なり。{{ruby|故|か}}れ冬の月には{{ruby|間|いとま}}有り、以て民を使ふ可し。春{{ruby|従|よ}}り秋に至つては、{{ruby|農桑|たつくりこがひ}}の{{ruby|節|とき}}なり、民を使ふ可らず。其れ{{ruby|農|たつく}}らずば何を以てか食はむ。{{ruby|桑|こが}}ひせずば何をか{{ruby|服|き}}む。
十七に曰はく、夫れ事は独り{{ruby|断|さだ}}む可らず。必ず{{ruby|衆|もろもろ}}と{{ruby|与|とも}}に宜しく{{ruby|論|あげつら}}ふべし。少事は是れ軽し、必ずしも{{ruby|衆|もろもろ}}とす可らず。唯大事を{{ruby|論|あげつら}}はんに{{ruby|逮|およ}}びては、若し{{ruby|失|あやまち}}有らんことを疑ふ。故に衆と{{ruby|与|とも}}に相{{ruby|弁|わきま}}ふるときは、{{ruby|辞|こと}}則ち理を得。
<!-- 著作権存続中のためコメントアウト
== 口語訳 ==
第一に、なかよくすることが、なにより大切である。さからはないのが{{ruby|肝心|かんじん}}である。{{ruby|人|ひと}}はみんな{{ruby|仲間|なかま}}をくみたがるが、胸のひろいものが少ない。で、なかには君に背き、親にさからひ、隣近所の嫌はれものになつてしまふものなどもある。けれども、上のものと下のものとが、仲よくしあつて、むつびあつて、よく相談しあへば、物の道理、仕事のすぢみちがよくたつて、何でも成就しないことはない。
第二に、よくよく三つの寶をたつとばねばならぬ。三つの寶といふのは、佛と法と僧とである。この三つのものは、一切の生物の心の最後のよりどころであり、すべての國國の政治の大切な根本である。いつの時代でも、いかなる人でも、此のをしへを大切にしないものはない。凡そ人間といふものは、非常な惡人といふものは無いものである。敎へみちびいてゆきさへすれば、必ず善くなるものである。それにつけても、三寶にたよらなければならない。三寶によらなければ、まがつた心をなほす{{ruby|方|みち}}がない。
第三に、天皇の御命令があつたら、必ずかしこまらねばならぬ。君は天である。臣は地である。天は凡てのものを覆ひつつみ、地は一切のものを載せて持つてをり、それによつて{{ruby|春夏|はるなつ}}秋冬も工合よく行はれ、四方の氣も通じあふのである。{{ruby|若|も}}しも地が、下にゐるのがいやだといつて、天をつつまうとするなら、此の世界はただちにつぶれてしまふ。であるから、君が仰せられた{{ruby|言|こと}}をば、臣はつつしんで承はり、これに從はねばならぬ。{{ruby|上|かみ}}にたつものが實地に行へば、{{ruby|下|しも}}のものはすぐとなびき從ふものである。この通りであるから、詔を承つたら、必ずかしこまつておうけしなさい。さうしなければ自然、自分で自分をほろぼすことになる。
第四に、いろいろの官吏、公吏、役人たち、禮を、行ひの土臺にしなさい。人民を治めてゆく{{ruby|大本|おほもと}}は、第一は禮である。上の役人が禮を守らなければ、下のものはうまく治まらない。又、下のものが禮を守らなければ、屹度、罰せられることになる。處で、官公吏役人たちに禮があり、人民たちに禮があれば、上下の秩序、位地、次第が、きちんとして亂れることはなく、從つて、國家は自然に治まるのである。
第五に、役人たちは、慾深く、物をほしがる心をやめて、ねがひのすぢを、うまく、まちがひなくさばかねばならぬ。人民のうつたへ、爭ひは、一日の中には千もある。一日でもさうである。いはんや一年なり二年なりしたら、大した數になるであらう。つまり、訟のないやうにせねばならぬ。此の頃のさばきをする役人たちは、自分のもうけになるやうにするのがあたりまへだと思つて、賄賂おくりものの多い少いによつて、さばきをつける。けしからぬことである。するといふと、金、財産のある家の訟へごとは、石を水の中に投げ込む樣に、いつも、まちがひなく通る。金のないものの訴へは、水を石に投げる樣に、大抵はねかへされ、取りあはれない。こんな風であるから、貧しい人、財産の無い人たちは、何處へも、どの樣にも願出るみちがない。こんなことでは、役人としても、臣たるつとめを、缺くことになる。
第六に、「惡いことを懲らしめ、善いことをはげます、」これは昔から、人を治めてゆくものの、善いきまり、手本である。そこで、人人は、他人のした善い事、ほまれをかくしてはならぬ。惡いことは、なほしておやりなさい。上役には、ていさいよく氣に入る樣にし、うはべをかざり、ごまかすことは、國家をほろぼすため{{ruby|利|よ}}い道具であり、人民を殺すための{{ruby|刃物|はもの}}である。また、{{ruby|口先|くちさき}}だけでうまく御機嫌を取り、上役に取り入らうとする人は、きつと、上役に對しては{{ruby|下|した}}のものの惡いことを話し、下のものに對しては、上役のよろしくないことを、そしりかげぐちをきく。此の樣な人は、君には忠義をつくさず、人民にはなさけをかけぬものである。こんなふまじめなことは、國家に大亂をおこす本である。
第七に、人にはそれぞれ、つとめ役目がある。むやみに人の仕事に、手出し、口出しをしてはいかん。それにつけても才智のすぐれた、よく物の道理をわきまへた人が、役についてをれば、よく治まつて、{{ruby|頌音|ほめうた}}がうたはれる。道理にはづれ、こころのまがつた人が、役についてゐると、世の禍、世の亂れが甚しくなる。一體、此の世には、生れつきかしこいといふものは少い。よくよく考へ考へ、工夫してするから、立派な聖人、すぐれた人にもなれるのである。すべて、大事でも小事でもよい人があればうまく出來る。どんないそがしい時でも、すぐれた人があれば、ゆつたりとのびのびと治まつてゆく。此の樣によい人があると、國家は永久にさかえ、あぶないといふ樣なことは無くなる。であるから、昔から、すぐれた王樣は、役があるから、それをつとめる人をさがすので、人にやりたいために、役をおくといふことはしない。
第八に、官吏公吏つとめにんたち、御役所へは早く出よ。むやみに早くさがつてはいかん。世の中の政治上の務め、{{ruby|公|おほやけ}}の仕事は、十分しつかりやり、粗末には出來ないのである。一日中やつてもやりをはることはない。それを、おそく出て來れば急な用にまにあはず、早くさがれば仕事はなげやりになる。
第九に、まこと、まじめで、うそいつはりを言はぬことは、人の道を守つてゆく根本である。何事をするにも眞心で、しんせつにおやりなさい。善くなり、成功するもとは、第一に、この眞心である。官吏、公吏が、お互にまじめに眞心をつくしあつたら、何でも出來る。まじめに事をする考がなかつたら、萬事は破滅である。
第十に、ぷりぷりするな、腹をたてるな、恐ろしい顏をするな。人がさからつたからとて、腹をたてるものでない。人人には、それぞれ心持がある。その心持はそれぞれ、自分のがんばりになつてゐる。{{ruby|先方|むかふ}}がよしと思へば、こちらでは惡いと思ふ。こちらが善いと思へば、先方では惡いと思ふ。{{ruby|此方|こちら}}はすぐれてゐるともきまつてゐないだらう、先方はきつと愚だともきまつてゐなからう。むかふもこちらも、お互に、凡夫である。善いとか惡いとか、さう、ざうさなくきめられるものではない。お互に賢だ愚だといひあつても、つまりは環に{{ruby|端|はし}}が無い樣なものである、とりとめ樣もない。であるから、先方の人がおこつたからとて、此方が、つりこまれて一緖に怒つてはいかん。しくじらぬ用心が大切である。たとひ、自分だけで善いと思つてゐることがあつても、大勢の人たちにまじつては、强ひてさからはぬ樣になさい、一緖におやりなさい。
第十一に、下役のものに手柄があつたか、しくじりがあつたかを、よくよく見拔いて、賞も罰も、必ずまちがひない樣にしなさい。此の頃、往往、御褒美が功のないところへ與へられたり、罰が罪のない人に加へられたりすることがある。政治にたづさはる人たち、上役の人たちは、よく氣をつけて、賞罰を、はつきりと、まちがはぬやうにしなさい。
第十二に、地方地方の官吏公吏たちは、人民から、勝手に租税を取りたててはならぬ。一國に二人の君は無く、人民には二人の主君は無いはずである。此の國中の人民には、天皇御一人が御主人である。役人たちはみな、天皇の臣下である。それが何の理由で、天皇と同じ樣に、人民から、勝手に税を取るのであるか、いかぬ、いかぬ。
第十三に、役人たるものは、それぞれの同役のつとめ役柄を、よく知りあはねばならぬ。多くの役人の中には、病氣で缺勤するものもあらうし、役所の御用で出張するものもあらう。その塲合には、その仕事に、滯りのないやうにする。不在であるとわかつたら、仲よく一致共同して、その仕事をしてやる。私は知らなかつた。私には關係がないといつて、公務の邪魔になる樣なほつたらかしをしてはならぬ。
第十四に、すべての役人たち、そねみ、ねたみの心をもつてはならぬ。自分が人をねたみにくめば、人もまた自分をねたみにくむ。ねたみ、うらやみ、にくむといふことの、わざはひは、はてがわからぬ。恐ろしいものである。ところが、大抵の人は、智慧が自分よりすぐれてゐるものにあふと、結構だとは思はないで、之をにくむ。才、はたらきが、自分よりまさつてゐるものをそねみねたんで、陷れようとする。であるから、五百年もたつて、賢い人に、或はあふことが出來るかもしれんが、千年たつても、一人のえらいすぐれた聖人は出て來ない。嫉妬の心から、聖人賢人を世に出すまいとするからである。しかし、それではいかん。すぐれたものがなければ、國は治らぬ。
第十五に、自分の{{ruby|私情|わたくしごころ}}をすてて、公のためにつくすのが臣の道である。自分の事ばかり考へるから、すぐと恨み怒ることになる。恨んだり怒つたりすれば、きつと人人と共同一致することが出來ぬ。共同一致が出來ぬから、つまり、私心が公のことを妨げることになる。又、恨んだり怒つたりすれば、國家の法律制度をもこはすことになり、取締られることにもなる。であるから、第一条に、上下のもの仲をよくするのが大切だといつたのである。
第十六に、人民を使ふのには、時節を見なければならぬ。冬になるとひまがあるから、その時は使つてもよい。春から秋にかけては、農耕、養蠶の大切な時節であるから、使ふわけにはいかぬ。農耕しなければ食べ物がない。かひこをかはなければ、きるものがない。
第十七に、一體、政治上の事柄は、獨りできめてしまつてはいかぬ。多勢の役人たちと相談してやるがよい。小さな事は、まあ相談には及ぶまいが、大事件と思はれることは、やり損ひがあるといかんから、みんなと相談してきめてゆくのである。多勢で相談すれば、道理にかなつたもつともなところが出て來る。
== 口語訳(新字新仮名遣) ==
第一に、なかよくすることが、なにより大切である。さからわないのが{{ruby|肝心|かんじん}}である。{{ruby|人|ひと}}はみんな{{ruby|仲間|なかま}}をくみたがるが、胸のひろいものが少ない。で、なかには君に背き、親にさからい、隣近所の嫌われものになってしまうものなどもある。けれども、上のものと下のものとが、仲よくしあって、むつびあって、よく相談しあえば、物の道理、仕事のすじみちがよくたって、何でも成就しないことはない。
第二に、よくよく三つの宝をたっとばねばならぬ。三つの宝というのは、仏と法と僧とである。この三つのものは、一切の生物の心の最後のよりどころであり、すべての国々の政治の大切な根本である。いつの時代でも、いかなる人でも、{{ruby|此|こ}}のおしえを大切にしないものはない。{{ruby|凡|およ}}そ人間というものは、非常な悪人というものは無いものである<ref group="注釈">「非常な悪人というものは無い」 - 原文・読み下しでは「{{ruby|鮮|すくな}}し」であって、無いとは断定していない。</ref>。教えみちびいてゆきさえすれば、必ず{{ruby|善|よ}}くなるものである。それにつけても、三宝にたよらなければならない。三宝によらなければ、まがった心をなおす{{ruby|方|みち}}がない。
第三に、天皇の御命令があったら、必ずかしこまらねばならぬ。君は天である。臣は地である。天は{{ruby|凡|すべ}}てのものを覆いつつみ、地は一切のものを載せて持っており、それによって{{ruby|春夏|はるなつ}}秋冬も{{ruby|工合|ぐあい}}よく行われ、四方の気も通じあうのである。{{ruby|若|も}}しも地が、下にいるのがいやだといって、天をつつもうとするなら、{{ruby|此|こ}}の世界はただちにつぶれてしまう。であるから、君が{{ruby|仰|おお}}せられた{{ruby|言|こと}}をば、臣はつつしんで承り、これに従わねばならぬ。{{ruby|上|かみ}}にたつものが実地に行えば、{{ruby|下|しも}}のものはすぐとなびき従うものである。この通りであるから、{{ruby|詔|みことのり}}を承ったら、必ずかしこまっておうけしなさい。そうしなければ自然、自分で自分をほろぼすことになる。
第四に、いろいろの官吏、公吏、役人たち、礼を、行いの土台にしなさい。人民を治めてゆく{{ruby|大本|おおもと}}は、第一は礼である。上の役人が礼を守らなければ、下のものはうまく治まらない。又、下のものが礼を守らなければ、{{ruby|屹度|きっと}}、罰せられることになる。{{ruby|処|ところ}}で、官公吏役人たちに礼があり、人民たちに礼があれば、上下の秩序、位地、次第が、きちんとして乱れることはなく、従って、国家は自然に治まるのである。
第五に、役人たちは、{{ruby|慾|よく}}深く、物をほしがる心をやめて、ねがいのすじを、うまく、まちがいなくさばかねばならぬ。人民のうったえ、争いは、一日の中には千もある。一日でもそうである。いわんや一年なり二年なりしたら、大した数になるであろう。つまり、訟のないようにせねばならぬ。{{ruby|此|こ}}の頃のさばきをする役人たちは、自分のもうけになるようにするのがあたりまえだと思って、賄賂おくりものの多い少ないによって、さばきをつける。けしからぬことである。するというと、金、財産のある家の{{ruby|訟|うった}}えごとは、石を水の中に投げ込む様に、いつも、まちがいなく通る。金のないものの訴えは、水を石に投げる様に、大抵はねかえされ、取りあわれない。こんな風であるから、貧しい人、財産の無い人たちは、{{ruby|何処|どこ}}へも、どの様にも願い出るみちがない。こんなことでは、役人としても、臣たるつとめを、欠くことになる。
第六に、「悪いことを懲らしめ、{{ruby|善|よ}}いことをはげます、」これは昔から、人を治めてゆくものの、{{ruby|善|よ}}いきまり、手本である。そこで、人々は、他人のした{{ruby|善|よ}}い事、ほまれをかくしてはならぬ。悪いことは、なおしておやりなさい。上役には、ていさいよく気に入る様にし、うわべをかざり、ごまかすことは、国家をほろぼすため{{ruby|利|よ}}い道具であり、人民を殺すための{{ruby|刃物|はもの}}である。また、{{ruby|口先|くちさき}}だけでうまく御機嫌を取り、上役に取り入ろうとする人は、きっと、上役に対しては{{ruby|下|した}}のものの悪いことを話し、下のものに対しては、上役のよろしくないことを、そしりかげぐちをきく。{{ruby|此|こ}}の様な人は、君には忠義をつくさず、人民にはなさけをかけぬものである。こんなふまじめなことは、国家に大乱をおこす{{ruby|本|もと}}である。
第七に、人にはそれぞれ、つとめ役目がある。むやみに人の仕事に、手出し、口出しをしてはいかん。それにつけても才智のすぐれた、よく物の道理をわきまえた人が、役についておれば、よく治まって、{{ruby|頌音|ほめうた}}がうたわれる。道理にはずれ、こころのまがった人が、役についていると、世の{{ruby|禍|わざわい}}、世の乱れが甚しくなる。一体、{{ruby|此|こ}}の世には、生れつきかしこいというものは少ない。よくよく考え考え、工夫してするから、立派な聖人、すぐれた人にもなれるのである。すべて、大事でも小事でもよい人があればうまく出来る。どんないそがしい時でも、すぐれた人があれば、ゆったりとのびのびと治まってゆく。{{ruby|此|こ}}の様によい人があると、国家は永久にさかえ、あぶないという様なことは無くなる。であるから、昔から、すぐれた王様は、役があるから、それをつとめる人をさがすので、人にやりたいために、役をおくということはしない。
第八に、官吏公吏つとめにんたち、御役所へは早く出よ。むやみに早くさがってはいかん。世の中の政治上の務め、{{ruby|公|おおやけ}}の仕事は、十分しっかりやり、粗末には出来ないのである。一日中やってもやりおわることはない。それを、おそく出て来れば急な用にまにあわず、早くさがれば仕事はなげやりになる。
第九に、まこと、まじめで、うそいつわりを言わぬことは、人の道を守ってゆく根本である。何事をするにも真心で、しんせつにおやりなさい。{{ruby|善|よ}}くなり、成功するもとは、第一に、この真心である。官吏、公吏が、お互いにまじめに真心をつくしあったら、何でも出来る。まじめに事をする考えがなかったら、万事は破滅である。
第十に、ぷりぷりするな、腹をたてるな、恐ろしい顏をするな。人がさからったからとて、腹をたてるものでない。人々には、それぞれ心持ちがある。その心持ちはそれぞれ、自分のがんばりになっている。{{ruby|先方|むこう}}がよしと思えば、こちらでは悪いと思う。こちらが{{ruby|善|よ}}いと思えば、{{ruby|先方|むこう}}では悪いと思う。{{ruby|此方|こちら}}はすぐれているともきまっていないだろう、{{ruby|先方|むこう}}はきっと愚だともきまっていなかろう。むこうもこちらも、お互いに、{{ruby|凡夫|ぼんぷ}}<ref group="訳注">訳註:凡人の意。</ref>である。{{ruby|善|よ}}いとか悪いとか、そう、ぞうさなくきめられるものではない。お互いに賢だ愚だといいあっても、つまりは{{ruby|環|わ}}に{{ruby|端|はし}}が無い様なものである、とりとめ様もない。であるから、{{ruby|先方|むこう}}の人がおこったからとて、{{ruby|此方|こちら}}が、つりこまれて一緒に怒ってはいかん。しくじらぬ用心が大切である。たとい、自分だけで{{ruby|善|よ}}いと思っていることがあっても、大勢の人たちにまじっては、{{ruby|強|し}}いてさからわぬ様になさい、一緒におやりなさい。
第十一に、下役のものに手柄があったか、しくじりがあったかを、よくよく見抜いて、賞も罰も、必ずまちがいない様にしなさい。{{ruby|此|こ}}の頃、往々、御褒美が功のないところへ与えられたり、罰が罪のない人に加えられたりすることがある。政治にたずさわる人たち、上役の人たちは、よく気をつけて、賞罰を、はっきりと、まちがわぬようにしなさい。
第十二に、地方地方の官吏公吏たちは、人民から、勝手に租税を取りたててはならぬ。一国に二人の君は無く、人民には二人の主君は無いはずである。{{ruby|此|こ}}の国中の人民には、天皇御一人が御主人である。役人たちはみな、天皇の臣下である。それが何の理由で、天皇と同じ様に、人民から、勝手に税を取るのであるか、いかぬ、いかぬ。
第十三に、役人たるものは、それぞれの同役のつとめ役柄を、よく知りあわねばならぬ。多くの役人の中には、病気で欠勤するものもあろうし、役所の御用で出張するものもあろう。その場合には、その仕事に、滞りのないようにする。不在であるとわかったら、仲よく一致共同して、その仕事をしてやる。私は知らなかった。私には関係がないといって、公務の邪魔になる様なほったらかしをしてはならぬ。
第十四に、すべての役人たち、そねみ、ねたみの心をもってはならぬ。自分が人をねたみにくめば、人もまた自分をねたみにくむ。ねたみ、うらやみ、にくむということの、わざわいは、はてがわからぬ。恐ろしいものである。ところが、大抵の人は、{{ruby|智慧|ちえ}}が自分よりすぐれているものにあうと、結構だとは思わないで、{{ruby|之|これ}}をにくむ。才、はたらきが、自分よりまさっているものをそねみねたんで、陥れようとする。であるから、五百年もたって、賢い人に、{{ruby|ある|或}}いはあうことが出来るかもしれんが、千年たっても、一人のえらいすぐれた聖人は出て来ない。嫉妬の心から、聖人賢人を世に出すまいとするからである。しかし、それではいかん。すぐれたものがなければ、国は治らぬ。
第十五に、自分の{{ruby|私情|わたくしごころ}}をすてて、公のためにつくすのが臣の道である。自分の事ばかり考えるから、すぐと恨み怒ることになる。恨んだり怒ったりすれば、きっと人々と共同一致することが出来ぬ。共同一致が出来ぬから、つまり、私心が公のことを妨げることになる。又、恨んだり怒ったりすれば、国家の法律制度をもこわすことになり、取り締まられることにもなる。であるから、第一条に、上下のもの仲をよくするのが大切だといったのである。
第十六に、人民を使うのには、時節を見なければならぬ。冬になるとひまがあるから、その時は使ってもよい。春から秋にかけては、農耕、養蚕の大切な時節であるから、使うわけにはいかぬ。農耕しなければ食べ物がない。かいこをかわなければ、きるものがない。
第十七に、一体、政治上の事柄は、独りできめてしまってはいかぬ。多勢の役人たちと相談してやるがよい。小さな事は、まあ相談には及ぶまいが、大事件と思われることは、やり損いがあるといかんから、みんなと相談してきめてゆくのである。多勢で相談すれば、道理にかなったもっともなところが出て来る。
== 註 ==
=== 原注 ===
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=== 注釈 ===
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安東大將軍倭國王
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| year = 604
| 年 = 推古天皇十二
| wikipedia= 十七条憲法
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'''十七条憲法'''('''じゅうしちじょうけんぽう''')
*[[:zh:日本書紀/卷第廿二|『日本書紀』第二十二巻]] 豊御食炊屋姫天皇 推古天皇十二年(604年)
*原文は[[Page:Gunshoruiju27.djvu/117|群書類従巻第四百七十四]]による。
*訓は有馬祐政編『勤王文庫』第一篇(大日本明道館。大正八年十月五日発行:{{NDLJP|959961/16}})による。
<!-- 米国にて著作権存続中のためコメントアウト
*口語訳は林竹次郎「ハナシコトバ十七條憲法」『林古溪小篇第一(補訂第三版)』古溪歌會、昭和十年、{{NDLJP|1272857}} による。
*口語訳(新字新仮名遣)は林の口語訳を新字新仮名遣に改め、難読字にルビを振り、踊り字を調整したものである。
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== 原文 ==
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== 訓 ==
一に曰はく、和を以て{{ruby|貴|たつと}}しと為し、{{ruby|忤|さから}}ふこと無きを宗と為す。人皆{{ruby|党|たむら}}有りて、亦達者少し。是を以て或は君父に{{ruby|順|したが}}はずして、{{ruby|乍|たちま}}ち隣里に{{ruby|違|たが}}ふ。然れども上{{ruby|和|やはら}}ぎ下{{ruby|睦|むつ}}びて、事を{{ruby|論|あげつら}}ふに{{ruby|諧|ととの}}へば、則ち事理自ら通ず、何事か成らざらむ。
二に曰はく、{{ruby|篤|あつ}}く{{ruby|三宝|さんぼう}}を敬へ。三宝は仏法僧なり。則ち{{ruby|四生|ししやう}}(胎生、卵生、湿生、化生の称、凡べての生物をいふ也)の{{ruby|終帰|しうき}}、万国の{{ruby|極宗|きょくそう}}なり。{{ruby|何|いづれ}}の世、{{ruby|何|いづれ}}の人か{{ruby|是|こ}}の{{ruby|法|のり}}を貴ばざる。人{{ruby|尤|はなは}}だ悪しきもの{{ruby|鮮|すくな}}し。能く教ふるをもて従ふ。其れ三宝に帰せずんば、何を以てか{{ruby|枉|まが}}れるを直さむ。
三に曰はく、{{ruby|詔|みことのり}}を{{ruby|承|う}}けては必ず謹め。君をば{{ruby|天|あめ}}とす。{{ruby|臣|やつこら}}をば{{ruby|地|つち}}とす。天{{ruby|覆|おほ}}ひ地載す。四時{{ruby|順|よ}}り行き、{{ruby|方気|ほうき}}{{ruby|通|かよ}}ふを得。地天を{{ruby|覆|くつがへ}}さんと欲するときは、則ち{{ruby|壊|やぶれ}}を致さむのみ。是を以て君{{ruby|言|のたま}}ふときは臣{{ruby|承|うけたまは}}る。上行へば下{{ruby|靡|なび}}く。故に詔を承けては必ず慎め。謹まざれば自らに敗れむ。
四に曰はく、{{ruby|群卿|まちぎみたち}}{{ruby|百寮|つかさづかさ}}、礼を以て本と{{ruby|為|せ}}よ。其れ民を治むる本は、要は礼に在り。上礼無きときは下{{ruby|斉|ととのほ}}らず。下礼無きときは以て必ず罪有り。是を以て君臣礼有るときは、位の{{ruby|次|つぎて}}乱れず。百姓礼有るときは、{{ruby|国家|あめのした}}自ら治まる。
五に曰はく、{{ruby|饗|あぢはひのむさぼり}}を絶ち、欲を棄て、明に{{ruby|訴訟|うつたへ}}を弁へよ。其れ百姓の{{ruby|訟|うつたへ}}は一日に千事あり。一日すら尚{{ruby|爾|しか}}り。況んや歳を{{ruby|累|かさ}}ぬるをや。須らく訟を治むべき者、利を得て常と為し、{{ruby|賄|まひなひ}}を見て{{ruby|讞|ことわり}}を{{ruby|聴|ゆる}}さば、{{ruby|便|すなは}}ち{{ruby|財|たから}}有るものの訟は、石をもて水に投ぐるが如し。乏しき{{ruby|者|ひと}}の訟は、水をもて石に投ぐるに似たり。是を以て貧しき民、則ち{{ruby|所由|よるところ}}を知らず。臣道亦{{ruby|焉|ここ}}に於て{{ruby|闕|か}}けむ。
六に曰はく、悪を{{ruby|懲|こら}}し善を勧むるは、古の{{ruby|良|よ}}き{{ruby|典|のり}}なり。是を以て人の善を{{ruby|慝|かく}}すこと無く、悪を見ては必ず{{ruby|匡|ただ}}せ。若し{{ruby|諂|へつら}}ひ{{ruby|詐|いつは}}る者は、則ち国家を覆すの利器たり。人民を絶つ鋒剣たり。亦{{ruby|侫媚者|かたましくこぶるもの}}は、上に{{ruby|対|むか}}ひては則ち好みて下の過を説き、下に逢ては則ち上の{{ruby|失|あやまち}}を{{ruby|誹謗|そし}}る。其れ{{ruby|如此|これら}}の人は、皆君に{{ruby|忠|いさをしきこと}}{{ruby|无|な}}く民に{{ruby|仁|めぐみ}}無し。是れ大きなる乱の本なり。
七に曰はく、人各{{ruby|任掌|よさしつかさど}}ること有り。宜しく{{ruby|濫|みだ}}れざるべし。其れ賢哲官に{{ruby|任|よさ}}すときは、{{ruby|頌音|ほむるこゑ}}則ち起り、奸者官を{{ruby|有|たも}}つときは、禍乱則ち繁し。世に生れながら知ること少けれども、{{ruby|尅|よ}}く{{ruby|念|おも}}ひて聖を{{ruby|作|な}}せ。事大小と無く、人を得て必ず治む。時急緩と無く、賢に遇ひて{{ruby|自|おのづか}}ら{{ruby|寛|ゆたか}}なり。此に因て国家永久、{{ruby|社稷|しやしよく}}危きこと無し。{{ruby|故|か}}れ古の聖王、官の為に以て人を求む、人の為に官を求めたまはず。
八に曰はく、群卿百寮、早く{{ruby|朝|まゐ}}り{{ruby|晏|おそ}}く{{ruby|退|まか}}でよ。公事{{ruby|監|いとま}}{{ruby|靡|な}}く、{{ruby|終日|ひねもす}}にも尽し難し。是を以て遅く{{ruby|朝|まゐ}}れば急に{{ruby|逮|およ}}ばず。早く{{ruby|退|まか}}れば必ず事{{ruby|尽|つく}}さず。
九に曰はく、信は是れ義の本なり。事{{ruby|毎|ごと}}に信有れ。若し善悪成敗、要は信に在り。君臣共に信あるときは何事か成らざらむ。
十に曰はく、{{ruby|忿|いかり}}を{{ruby|絶|た}}ち{{ruby|瞋|いかり}}を棄て、人の違ふことを怒らざれ。人皆心有り。心各執ること有り。彼{{ruby|是|ぜ}}なれば吾は非なり、我是なれば則ち彼非なり。我必ずしも聖に非ず。彼必ずしも愚に非ず。共に是れ{{ruby|凡夫|ぼんぶ}}のみ。是非の理、誰か能く定む可き。相共に賢愚、{{ruby|鐶|みみがね}}の端{{ruby|无|な}}きが如し。是を以て彼の人は{{ruby|瞋|いか}}ると雖も、{{ruby|還|かへつ}}て我が{{ruby|失|あやまち}}を恐る。我独り得たりと雖も、衆に従ひて同く{{ruby|挙|おこな}}へ。
十一に曰はく、功過を{{ruby|明察|あきらか}}にして、賞罰必ず当てよ。{{ruby|日者|このごろ}}、賞功に在らず、罰{{ruby|罰|つみ}}に在らず。事を執れる群卿、宜しく賞罰を明にすべし。
十二に曰はく、{{ruby|国司|みこともち}}{{ruby|国造|くにのみやつこ}}、百姓に{{ruby|歛|をさめと}}ること勿れ、国に{{ruby|二君|ふたりのきみ}}{{ruby|非|な}}く、民に{{ruby|両主|ふたりのぬし}}無し、{{ruby|率土|そつと}}の兆民、{{ruby|王|きみ}}を以て{{ruby|主|しゆ}}と為す。{{ruby|所任官司|よさせるつかさみこともち}}は皆是れ王臣なり。何ぞ敢て{{ruby|公|おほやけ}}と{{ruby|与|とも}}に百姓に{{ruby|賦斂|をさめと}}らむ。
十三に曰はく、{{ruby|諸|もろもろ}}の{{ruby|任官者|よさせるつかさびと}}、同じく{{ruby|職掌|つかさごと}}を知れ。或は{{ruby|病|やまひ}}し或は{{ruby|使|つかひ}}して、事に{{ruby|闕|おこた}}ることあり。然れども知るを得ての日には、{{ruby|和|あまな}}ふこと{{ruby|曾|さき}}より{{ruby|識|し}}るが如くせよ。其れ{{ruby|与|あづか}}り{{ruby|聞|き}}くに非ざるを以て、{{ruby|公務|まつりごと}}を{{ruby|防|さまた}}ぐること勿れ。
十四に曰はく、群卿百寮、{{ruby|嫉|そね}}み{{ruby|妬|ねた}}むこと有る{{ruby|無|なか}}れ。我既に人を嫉めば、人亦我を嫉む。{{ruby|嫉妬|しつと}}の患、其の極りを知らず。{{ruby|所以|ゆゑ}}に智己れに{{ruby|勝|まさ}}れば、則ち悦ばず。才己れに{{ruby|優|まさ}}れば、則ち{{ruby|嫉妬|ねた}}む。是を以て{{ruby|五百|いほとせ}}にして乃ち{{ruby|賢|さかしびと}}に遇はしむれども、{{ruby|千載|ちとせ}}にして以て一聖を待つこと難し。其れ聖賢を得ざれば、何を以てか国を治めむ。
十五に曰はく、私を背いて公に向くは、是れ臣の道なり。凡そ{{ruby|夫人|ひとびと}}私有れば必ず{{ruby|恨|うらみ}}有り、{{ruby|憾|うらみ}}有れば必ず{{ruby|同|ととのほ}}らず。同らざれば則ち私を以て公を妨ぐ。{{ruby|憾|うらみ}}起れば則ち{{ruby|制|ことわり}}に違ひ{{ruby|法|のり}}を{{ruby|害|やぶ}}る。故に初の{{ruby|章|くだり}}に云へり、上下{{ruby|和諧|あまなひととのほ}}れと。其れ亦{{ruby|是|こ}}の{{ruby|情|こころ}}なる{{ruby|歟|かな}}。
十六に曰はく、民を使ふに時を以てするは{{ruby|古|いにしへ}}の{{ruby|良典|よきのり}}なり。{{ruby|故|か}}れ冬の月には{{ruby|間|いとま}}有り、以て民を使ふ可し。春{{ruby|従|よ}}り秋に至つては、{{ruby|農桑|たつくりこがひ}}の{{ruby|節|とき}}なり、民を使ふ可らず。其れ{{ruby|農|たつく}}らずば何を以てか食はむ。{{ruby|桑|こが}}ひせずば何をか{{ruby|服|き}}む。
十七に曰はく、夫れ事は独り{{ruby|断|さだ}}む可らず。必ず{{ruby|衆|もろもろ}}と{{ruby|与|とも}}に宜しく{{ruby|論|あげつら}}ふべし。少事は是れ軽し、必ずしも{{ruby|衆|もろもろ}}とす可らず。唯大事を{{ruby|論|あげつら}}はんに{{ruby|逮|およ}}びては、若し{{ruby|失|あやまち}}有らんことを疑ふ。故に衆と{{ruby|与|とも}}に相{{ruby|弁|わきま}}ふるときは、{{ruby|辞|こと}}則ち理を得。
<!-- 著作権存続中のためコメントアウト
== 口語訳 ==
第一に、なかよくすることが、なにより大切である。さからはないのが{{ruby|肝心|かんじん}}である。{{ruby|人|ひと}}はみんな{{ruby|仲間|なかま}}をくみたがるが、胸のひろいものが少ない。で、なかには君に背き、親にさからひ、隣近所の嫌はれものになつてしまふものなどもある。けれども、上のものと下のものとが、仲よくしあつて、むつびあつて、よく相談しあへば、物の道理、仕事のすぢみちがよくたつて、何でも成就しないことはない。
第二に、よくよく三つの寶をたつとばねばならぬ。三つの寶といふのは、佛と法と僧とである。この三つのものは、一切の生物の心の最後のよりどころであり、すべての國國の政治の大切な根本である。いつの時代でも、いかなる人でも、此のをしへを大切にしないものはない。凡そ人間といふものは、非常な惡人といふものは無いものである。敎へみちびいてゆきさへすれば、必ず善くなるものである。それにつけても、三寶にたよらなければならない。三寶によらなければ、まがつた心をなほす{{ruby|方|みち}}がない。
第三に、天皇の御命令があつたら、必ずかしこまらねばならぬ。君は天である。臣は地である。天は凡てのものを覆ひつつみ、地は一切のものを載せて持つてをり、それによつて{{ruby|春夏|はるなつ}}秋冬も工合よく行はれ、四方の氣も通じあふのである。{{ruby|若|も}}しも地が、下にゐるのがいやだといつて、天をつつまうとするなら、此の世界はただちにつぶれてしまふ。であるから、君が仰せられた{{ruby|言|こと}}をば、臣はつつしんで承はり、これに從はねばならぬ。{{ruby|上|かみ}}にたつものが實地に行へば、{{ruby|下|しも}}のものはすぐとなびき從ふものである。この通りであるから、詔を承つたら、必ずかしこまつておうけしなさい。さうしなければ自然、自分で自分をほろぼすことになる。
第四に、いろいろの官吏、公吏、役人たち、禮を、行ひの土臺にしなさい。人民を治めてゆく{{ruby|大本|おほもと}}は、第一は禮である。上の役人が禮を守らなければ、下のものはうまく治まらない。又、下のものが禮を守らなければ、屹度、罰せられることになる。處で、官公吏役人たちに禮があり、人民たちに禮があれば、上下の秩序、位地、次第が、きちんとして亂れることはなく、從つて、國家は自然に治まるのである。
第五に、役人たちは、慾深く、物をほしがる心をやめて、ねがひのすぢを、うまく、まちがひなくさばかねばならぬ。人民のうつたへ、爭ひは、一日の中には千もある。一日でもさうである。いはんや一年なり二年なりしたら、大した數になるであらう。つまり、訟のないやうにせねばならぬ。此の頃のさばきをする役人たちは、自分のもうけになるやうにするのがあたりまへだと思つて、賄賂おくりものの多い少いによつて、さばきをつける。けしからぬことである。するといふと、金、財産のある家の訟へごとは、石を水の中に投げ込む樣に、いつも、まちがひなく通る。金のないものの訴へは、水を石に投げる樣に、大抵はねかへされ、取りあはれない。こんな風であるから、貧しい人、財産の無い人たちは、何處へも、どの樣にも願出るみちがない。こんなことでは、役人としても、臣たるつとめを、缺くことになる。
第六に、「惡いことを懲らしめ、善いことをはげます、」これは昔から、人を治めてゆくものの、善いきまり、手本である。そこで、人人は、他人のした善い事、ほまれをかくしてはならぬ。惡いことは、なほしておやりなさい。上役には、ていさいよく氣に入る樣にし、うはべをかざり、ごまかすことは、國家をほろぼすため{{ruby|利|よ}}い道具であり、人民を殺すための{{ruby|刃物|はもの}}である。また、{{ruby|口先|くちさき}}だけでうまく御機嫌を取り、上役に取り入らうとする人は、きつと、上役に對しては{{ruby|下|した}}のものの惡いことを話し、下のものに對しては、上役のよろしくないことを、そしりかげぐちをきく。此の樣な人は、君には忠義をつくさず、人民にはなさけをかけぬものである。こんなふまじめなことは、國家に大亂をおこす本である。
第七に、人にはそれぞれ、つとめ役目がある。むやみに人の仕事に、手出し、口出しをしてはいかん。それにつけても才智のすぐれた、よく物の道理をわきまへた人が、役についてをれば、よく治まつて、{{ruby|頌音|ほめうた}}がうたはれる。道理にはづれ、こころのまがつた人が、役についてゐると、世の禍、世の亂れが甚しくなる。一體、此の世には、生れつきかしこいといふものは少い。よくよく考へ考へ、工夫してするから、立派な聖人、すぐれた人にもなれるのである。すべて、大事でも小事でもよい人があればうまく出來る。どんないそがしい時でも、すぐれた人があれば、ゆつたりとのびのびと治まつてゆく。此の樣によい人があると、國家は永久にさかえ、あぶないといふ樣なことは無くなる。であるから、昔から、すぐれた王樣は、役があるから、それをつとめる人をさがすので、人にやりたいために、役をおくといふことはしない。
第八に、官吏公吏つとめにんたち、御役所へは早く出よ。むやみに早くさがつてはいかん。世の中の政治上の務め、{{ruby|公|おほやけ}}の仕事は、十分しつかりやり、粗末には出來ないのである。一日中やつてもやりをはることはない。それを、おそく出て來れば急な用にまにあはず、早くさがれば仕事はなげやりになる。
第九に、まこと、まじめで、うそいつはりを言はぬことは、人の道を守つてゆく根本である。何事をするにも眞心で、しんせつにおやりなさい。善くなり、成功するもとは、第一に、この眞心である。官吏、公吏が、お互にまじめに眞心をつくしあつたら、何でも出來る。まじめに事をする考がなかつたら、萬事は破滅である。
第十に、ぷりぷりするな、腹をたてるな、恐ろしい顏をするな。人がさからつたからとて、腹をたてるものでない。人人には、それぞれ心持がある。その心持はそれぞれ、自分のがんばりになつてゐる。{{ruby|先方|むかふ}}がよしと思へば、こちらでは惡いと思ふ。こちらが善いと思へば、先方では惡いと思ふ。{{ruby|此方|こちら}}はすぐれてゐるともきまつてゐないだらう、先方はきつと愚だともきまつてゐなからう。むかふもこちらも、お互に、凡夫である。善いとか惡いとか、さう、ざうさなくきめられるものではない。お互に賢だ愚だといひあつても、つまりは環に{{ruby|端|はし}}が無い樣なものである、とりとめ樣もない。であるから、先方の人がおこつたからとて、此方が、つりこまれて一緖に怒つてはいかん。しくじらぬ用心が大切である。たとひ、自分だけで善いと思つてゐることがあつても、大勢の人たちにまじつては、强ひてさからはぬ樣になさい、一緖におやりなさい。
第十一に、下役のものに手柄があつたか、しくじりがあつたかを、よくよく見拔いて、賞も罰も、必ずまちがひない樣にしなさい。此の頃、往往、御褒美が功のないところへ與へられたり、罰が罪のない人に加へられたりすることがある。政治にたづさはる人たち、上役の人たちは、よく氣をつけて、賞罰を、はつきりと、まちがはぬやうにしなさい。
第十二に、地方地方の官吏公吏たちは、人民から、勝手に租税を取りたててはならぬ。一國に二人の君は無く、人民には二人の主君は無いはずである。此の國中の人民には、天皇御一人が御主人である。役人たちはみな、天皇の臣下である。それが何の理由で、天皇と同じ樣に、人民から、勝手に税を取るのであるか、いかぬ、いかぬ。
第十三に、役人たるものは、それぞれの同役のつとめ役柄を、よく知りあはねばならぬ。多くの役人の中には、病氣で缺勤するものもあらうし、役所の御用で出張するものもあらう。その塲合には、その仕事に、滯りのないやうにする。不在であるとわかつたら、仲よく一致共同して、その仕事をしてやる。私は知らなかつた。私には關係がないといつて、公務の邪魔になる樣なほつたらかしをしてはならぬ。
第十四に、すべての役人たち、そねみ、ねたみの心をもつてはならぬ。自分が人をねたみにくめば、人もまた自分をねたみにくむ。ねたみ、うらやみ、にくむといふことの、わざはひは、はてがわからぬ。恐ろしいものである。ところが、大抵の人は、智慧が自分よりすぐれてゐるものにあふと、結構だとは思はないで、之をにくむ。才、はたらきが、自分よりまさつてゐるものをそねみねたんで、陷れようとする。であるから、五百年もたつて、賢い人に、或はあふことが出來るかもしれんが、千年たつても、一人のえらいすぐれた聖人は出て來ない。嫉妬の心から、聖人賢人を世に出すまいとするからである。しかし、それではいかん。すぐれたものがなければ、國は治らぬ。
第十五に、自分の{{ruby|私情|わたくしごころ}}をすてて、公のためにつくすのが臣の道である。自分の事ばかり考へるから、すぐと恨み怒ることになる。恨んだり怒つたりすれば、きつと人人と共同一致することが出來ぬ。共同一致が出來ぬから、つまり、私心が公のことを妨げることになる。又、恨んだり怒つたりすれば、國家の法律制度をもこはすことになり、取締られることにもなる。であるから、第一条に、上下のもの仲をよくするのが大切だといつたのである。
第十六に、人民を使ふのには、時節を見なければならぬ。冬になるとひまがあるから、その時は使つてもよい。春から秋にかけては、農耕、養蠶の大切な時節であるから、使ふわけにはいかぬ。農耕しなければ食べ物がない。かひこをかはなければ、きるものがない。
第十七に、一體、政治上の事柄は、獨りできめてしまつてはいかぬ。多勢の役人たちと相談してやるがよい。小さな事は、まあ相談には及ぶまいが、大事件と思はれることは、やり損ひがあるといかんから、みんなと相談してきめてゆくのである。多勢で相談すれば、道理にかなつたもつともなところが出て來る。
== 口語訳(新字新仮名遣) ==
第一に、なかよくすることが、なにより大切である。さからわないのが{{ruby|肝心|かんじん}}である。{{ruby|人|ひと}}はみんな{{ruby|仲間|なかま}}をくみたがるが、胸のひろいものが少ない。で、なかには君に背き、親にさからい、隣近所の嫌われものになってしまうものなどもある。けれども、上のものと下のものとが、仲よくしあって、むつびあって、よく相談しあえば、物の道理、仕事のすじみちがよくたって、何でも成就しないことはない。
第二に、よくよく三つの宝をたっとばねばならぬ。三つの宝というのは、仏と法と僧とである。この三つのものは、一切の生物の心の最後のよりどころであり、すべての国々の政治の大切な根本である。いつの時代でも、いかなる人でも、{{ruby|此|こ}}のおしえを大切にしないものはない。{{ruby|凡|およ}}そ人間というものは、非常な悪人というものは無いものである<ref group="注釈">「非常な悪人というものは無い」 - 原文・読み下しでは「{{ruby|鮮|すくな}}し」であって、無いとは断定していない。</ref>。教えみちびいてゆきさえすれば、必ず{{ruby|善|よ}}くなるものである。それにつけても、三宝にたよらなければならない。三宝によらなければ、まがった心をなおす{{ruby|方|みち}}がない。
第三に、天皇の御命令があったら、必ずかしこまらねばならぬ。君は天である。臣は地である。天は{{ruby|凡|すべ}}てのものを覆いつつみ、地は一切のものを載せて持っており、それによって{{ruby|春夏|はるなつ}}秋冬も{{ruby|工合|ぐあい}}よく行われ、四方の気も通じあうのである。{{ruby|若|も}}しも地が、下にいるのがいやだといって、天をつつもうとするなら、{{ruby|此|こ}}の世界はただちにつぶれてしまう。であるから、君が{{ruby|仰|おお}}せられた{{ruby|言|こと}}をば、臣はつつしんで承り、これに従わねばならぬ。{{ruby|上|かみ}}にたつものが実地に行えば、{{ruby|下|しも}}のものはすぐとなびき従うものである。この通りであるから、{{ruby|詔|みことのり}}を承ったら、必ずかしこまっておうけしなさい。そうしなければ自然、自分で自分をほろぼすことになる。
第四に、いろいろの官吏、公吏、役人たち、礼を、行いの土台にしなさい。人民を治めてゆく{{ruby|大本|おおもと}}は、第一は礼である。上の役人が礼を守らなければ、下のものはうまく治まらない。又、下のものが礼を守らなければ、{{ruby|屹度|きっと}}、罰せられることになる。{{ruby|処|ところ}}で、官公吏役人たちに礼があり、人民たちに礼があれば、上下の秩序、位地、次第が、きちんとして乱れることはなく、従って、国家は自然に治まるのである。
第五に、役人たちは、{{ruby|慾|よく}}深く、物をほしがる心をやめて、ねがいのすじを、うまく、まちがいなくさばかねばならぬ。人民のうったえ、争いは、一日の中には千もある。一日でもそうである。いわんや一年なり二年なりしたら、大した数になるであろう。つまり、訟のないようにせねばならぬ。{{ruby|此|こ}}の頃のさばきをする役人たちは、自分のもうけになるようにするのがあたりまえだと思って、賄賂おくりものの多い少ないによって、さばきをつける。けしからぬことである。するというと、金、財産のある家の{{ruby|訟|うった}}えごとは、石を水の中に投げ込む様に、いつも、まちがいなく通る。金のないものの訴えは、水を石に投げる様に、大抵はねかえされ、取りあわれない。こんな風であるから、貧しい人、財産の無い人たちは、{{ruby|何処|どこ}}へも、どの様にも願い出るみちがない。こんなことでは、役人としても、臣たるつとめを、欠くことになる。
第六に、「悪いことを懲らしめ、{{ruby|善|よ}}いことをはげます、」これは昔から、人を治めてゆくものの、{{ruby|善|よ}}いきまり、手本である。そこで、人々は、他人のした{{ruby|善|よ}}い事、ほまれをかくしてはならぬ。悪いことは、なおしておやりなさい。上役には、ていさいよく気に入る様にし、うわべをかざり、ごまかすことは、国家をほろぼすため{{ruby|利|よ}}い道具であり、人民を殺すための{{ruby|刃物|はもの}}である。また、{{ruby|口先|くちさき}}だけでうまく御機嫌を取り、上役に取り入ろうとする人は、きっと、上役に対しては{{ruby|下|した}}のものの悪いことを話し、下のものに対しては、上役のよろしくないことを、そしりかげぐちをきく。{{ruby|此|こ}}の様な人は、君には忠義をつくさず、人民にはなさけをかけぬものである。こんなふまじめなことは、国家に大乱をおこす{{ruby|本|もと}}である。
第七に、人にはそれぞれ、つとめ役目がある。むやみに人の仕事に、手出し、口出しをしてはいかん。それにつけても才智のすぐれた、よく物の道理をわきまえた人が、役についておれば、よく治まって、{{ruby|頌音|ほめうた}}がうたわれる。道理にはずれ、こころのまがった人が、役についていると、世の{{ruby|禍|わざわい}}、世の乱れが甚しくなる。一体、{{ruby|此|こ}}の世には、生れつきかしこいというものは少ない。よくよく考え考え、工夫してするから、立派な聖人、すぐれた人にもなれるのである。すべて、大事でも小事でもよい人があればうまく出来る。どんないそがしい時でも、すぐれた人があれば、ゆったりとのびのびと治まってゆく。{{ruby|此|こ}}の様によい人があると、国家は永久にさかえ、あぶないという様なことは無くなる。であるから、昔から、すぐれた王様は、役があるから、それをつとめる人をさがすので、人にやりたいために、役をおくということはしない。
第八に、官吏公吏つとめにんたち、御役所へは早く出よ。むやみに早くさがってはいかん。世の中の政治上の務め、{{ruby|公|おおやけ}}の仕事は、十分しっかりやり、粗末には出来ないのである。一日中やってもやりおわることはない。それを、おそく出て来れば急な用にまにあわず、早くさがれば仕事はなげやりになる。
第九に、まこと、まじめで、うそいつわりを言わぬことは、人の道を守ってゆく根本である。何事をするにも真心で、しんせつにおやりなさい。{{ruby|善|よ}}くなり、成功するもとは、第一に、この真心である。官吏、公吏が、お互いにまじめに真心をつくしあったら、何でも出来る。まじめに事をする考えがなかったら、万事は破滅である。
第十に、ぷりぷりするな、腹をたてるな、恐ろしい顏をするな。人がさからったからとて、腹をたてるものでない。人々には、それぞれ心持ちがある。その心持ちはそれぞれ、自分のがんばりになっている。{{ruby|先方|むこう}}がよしと思えば、こちらでは悪いと思う。こちらが{{ruby|善|よ}}いと思えば、{{ruby|先方|むこう}}では悪いと思う。{{ruby|此方|こちら}}はすぐれているともきまっていないだろう、{{ruby|先方|むこう}}はきっと愚だともきまっていなかろう。むこうもこちらも、お互いに、{{ruby|凡夫|ぼんぷ}}<ref group="訳注">訳註:凡人の意。</ref>である。{{ruby|善|よ}}いとか悪いとか、そう、ぞうさなくきめられるものではない。お互いに賢だ愚だといいあっても、つまりは{{ruby|環|わ}}に{{ruby|端|はし}}が無い様なものである、とりとめ様もない。であるから、{{ruby|先方|むこう}}の人がおこったからとて、{{ruby|此方|こちら}}が、つりこまれて一緒に怒ってはいかん。しくじらぬ用心が大切である。たとい、自分だけで{{ruby|善|よ}}いと思っていることがあっても、大勢の人たちにまじっては、{{ruby|強|し}}いてさからわぬ様になさい、一緒におやりなさい。
第十一に、下役のものに手柄があったか、しくじりがあったかを、よくよく見抜いて、賞も罰も、必ずまちがいない様にしなさい。{{ruby|此|こ}}の頃、往々、御褒美が功のないところへ与えられたり、罰が罪のない人に加えられたりすることがある。政治にたずさわる人たち、上役の人たちは、よく気をつけて、賞罰を、はっきりと、まちがわぬようにしなさい。
第十二に、地方地方の官吏公吏たちは、人民から、勝手に租税を取りたててはならぬ。一国に二人の君は無く、人民には二人の主君は無いはずである。{{ruby|此|こ}}の国中の人民には、天皇御一人が御主人である。役人たちはみな、天皇の臣下である。それが何の理由で、天皇と同じ様に、人民から、勝手に税を取るのであるか、いかぬ、いかぬ。
第十三に、役人たるものは、それぞれの同役のつとめ役柄を、よく知りあわねばならぬ。多くの役人の中には、病気で欠勤するものもあろうし、役所の御用で出張するものもあろう。その場合には、その仕事に、滞りのないようにする。不在であるとわかったら、仲よく一致共同して、その仕事をしてやる。私は知らなかった。私には関係がないといって、公務の邪魔になる様なほったらかしをしてはならぬ。
第十四に、すべての役人たち、そねみ、ねたみの心をもってはならぬ。自分が人をねたみにくめば、人もまた自分をねたみにくむ。ねたみ、うらやみ、にくむということの、わざわいは、はてがわからぬ。恐ろしいものである。ところが、大抵の人は、{{ruby|智慧|ちえ}}が自分よりすぐれているものにあうと、結構だとは思わないで、{{ruby|之|これ}}をにくむ。才、はたらきが、自分よりまさっているものをそねみねたんで、陥れようとする。であるから、五百年もたって、賢い人に、{{ruby|ある|或}}いはあうことが出来るかもしれんが、千年たっても、一人のえらいすぐれた聖人は出て来ない。嫉妬の心から、聖人賢人を世に出すまいとするからである。しかし、それではいかん。すぐれたものがなければ、国は治らぬ。
第十五に、自分の{{ruby|私情|わたくしごころ}}をすてて、公のためにつくすのが臣の道である。自分の事ばかり考えるから、すぐと恨み怒ることになる。恨んだり怒ったりすれば、きっと人々と共同一致することが出来ぬ。共同一致が出来ぬから、つまり、私心が公のことを妨げることになる。又、恨んだり怒ったりすれば、国家の法律制度をもこわすことになり、取り締まられることにもなる。であるから、第一条に、上下のもの仲をよくするのが大切だといったのである。
第十六に、人民を使うのには、時節を見なければならぬ。冬になるとひまがあるから、その時は使ってもよい。春から秋にかけては、農耕、養蚕の大切な時節であるから、使うわけにはいかぬ。農耕しなければ食べ物がない。かいこをかわなければ、きるものがない。
第十七に、一体、政治上の事柄は、独りできめてしまってはいかぬ。多勢の役人たちと相談してやるがよい。小さな事は、まあ相談には及ぶまいが、大事件と思われることは、やり損いがあるといかんから、みんなと相談してきめてゆくのである。多勢で相談すれば、道理にかなったもっともなところが出て来る。
== 註 ==
=== 原注 ===
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=== 注釈 ===
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<noinclude><pagequality level="4" user="CES1596" /></noinclude><noinclude>{{left/s|2em}}</noinclude>めて思ひ起せしものが、この風流を案じ得て、何ぞ雅言をなさゞらん。惜しいかな、{{r|手尓葉<!--底本「手示葉」-->|てには}}のつゞきいたらぬのみ、今すこし心を用ひ候へとありしゆゑ、大鷲文吾はうれしげによろこび歸るを聞傳へて、あざけりそしらぬものなく、いとおろかなる人なりとて、笑ひのたねとなりけるが、また二十日程過ぎて後、
{{left|初音きく耳は別なる武士かな。|1em}}
また十四五日過ごして後、
{{left|武夫の鶯きいて立ちにけり。|1em}}
三度にいたりて、自然この秀逸を得たりしかば、大星は手を打ちてよろこび、嗚呼感ずべし、この名吟、實に文武の兩道を兼ねたるものとは、この人ならんと賞めたり<noinclude>{{left/e}}</noinclude><noinclude></noinclude>
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<noinclude><pagequality level="4" user="CES1596" /></noinclude><noinclude>{{left/s|2em}}</noinclude>けり。<small>(いろは文庫)</small>
{{left/e}}
彼の短命詩人ケルネルが戰塲に傷ついて、『絕命詩』を賦したるの壯烈事は、吾人の感歎景慕する所なり。然るに、斯の如きは、我國古來の戰に於て决して稀なりとせず。特に和歌俳諧の簡潔にして遒勁なる、物に觸れ、事に感じて咄嗟の間、其興趣を寓するに甚だ可なるものあり。されば苟も多少の文藻あるものゝ、詩歌を詠じ、俳諧を弄せざるは無かりき。戰塲に馳する武夫のしばし駒を止めて、矢立取り出し、歌を書きつらぬるもあれば、如意輪堂の扉に、梓弓引きて返へらじの誓を殘せし忠臣もあり。勅選に一首を留めて、西海に沒落したる勇士あれば、又た戰場の露と消えにし益荒雄の、主無き兜、鎧の胸當に詠草を藏めたるあり。實にや<noinclude></noinclude>
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<noinclude><pagequality level="4" user="CES1596" /></noinclude>優にやさしきは我國武夫の習なりけり。
武士をして暗たる兵革の世、慘たる修羅の巷にありて、尙ほ且つ慈悲と哀憐の情とを禁ずる能はざらしめたるもの、歐洲に在りては即ち基督敎なり。而して日本に在りては、實に詩歌と音樂との嗜好に俟てり。凡そ優雅の情感を切にするは、他の痛苦を察するの念を養ふ所以にして、人の感情を想ふによりて生ずる辭讓慇懃の心は、即ち『禮儀』の本を成すものなり。
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{{left|{{resize|110%|第六章 禮儀}}|5em}}
外人の我邦に來り遊ぶもの、嫻雅禮節を以て日本人の特性なりと稱せざるは無し。禮若し俯仰折旋の儀容に過ぎずとせば、乃ち以て德とするに足らず。禮は人の感情を察する同情の發現にして、又た尊きを尊び、秩序ある社會の許認する地位を敬ふの意を有す。而して其地位とは貧富の別に基くものゝ謂に非らず、人の誠に有する効績德業の差等の謂なり。
禮の極意は愛に庶幾し。されば予は爰に寅んで、彼の聖語の一字を更へて、『{{傍点|style=circle|禮}}は寛忍をなし、又た人の益を圖るな<noinclude></noinclude>
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<noinclude><pagequality level="4" user="CES1596" /></noinclude>り。{{傍点|style=circle|禮}}は、妒まず、誇らず、驕傲らず、非禮を行はず、己れの利を求めず、輕々しく怒らず、人の惡を念はず』と謂ふを得ん乎。デイーン敎授が、人生の六義を論じて、禮を重しとし、之を以て社交の熟果なりとせしは、盖し又た異しむに足らず。
予は禮を尊ぶ。されど必ずや、之を以て諸德の上に置かんとするものに非らず。禮のものたる、之を解かば、其の更に尊貴なる他の道德と干與するを認めん。盖し何の德か、果して孤立して存するや。士林の輩、特に禮を重んずと雖、時に其規を越ゆるものあるを以て、從つて虛僞に流るゝを致せり。孔子も旣に玉帛の禮の要を成さゞるは、鐘鼓の樂に於けるが如きを說けるにあらず乎。
禮容を尊んで社交の儀文となすが故に、坐作進退の則よ<noinclude></noinclude>
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<noinclude><pagequality level="3" user="CES1596" /></noinclude>る後にて、此のわたりは稻荷の明神こそとてねんじければ、きとおぱえけるをかきて侍りける。
「いなり山こえてやきつるほとゝぎすゆふかけてしも聲のきこゆる」。
同じ人の、「人にしらるばかりの歌よませさせ給へ。五年が命にかへむ」と住吉に申したりければ、落葉雨の如しと云ふ題に、
「木の葉ちる宿は聞きわくことぞなき時雨する夜もしぐれせぬよも」
とよみて侍りけるを、かならずこれとも思ひよらざりけるにや、病ひのつきて、生かむと祈りなどしければ、家に侍りける女に、住吉のつきて、「さる歌よませしはさればえ生くまじ」とのたまひけるにぞ、ひとへに後の世の祈りになりにけるとなむ。
又同じゆかりに、三河守賴綱といひしは、まだ若くて、親のともに三河の國に下りけるに、かのくにの女をよばひて、又も音づれざりければ女、
「あさましや見しは夢かと問ふ程におどろかずにもなりにけるかな」
と申しければ更におぼえづきてなむ思ひ侍りける。かくよむともみめかたちやは變るべきとおぼえ侍れど、むかしの人、中ごろまでは、人のこゝろかくぞ侍りける。此の事は、その人の子の、仲正といひしが語り侍るとなむ。
三河守賴綱は歌のみちにとりて人もゆるせりけり。わが身にも、殊の外に思ひあがりたるけしきなりけり。俊賴といふ人の少將なりける時、賴綱が云ひけるは、「少將殿少將殿歌よまむ<noinclude></noinclude>
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<noinclude><pagequality level="3" user="CES1596" /></noinclude>とおぼしめさば、賴綱を供せさせ給へ。べちの者もまかりいるまじ。あらひたる佛供なむ、ふたかはらけそなへさせ給へ」などぞいひける。其の歌おほく侍れども、
「なつ山のならのはそよぐゆふぐれはことしも秋のこゝちこそすれ」
といふ歌ぞ、人のくちすさびにし侍るめる。
近き世に女ありけるを、八幡なる所に宮寺のつかさなる、僧都ときこえし小侍從とかいふ親にやあらむ。その坊にこめすゑて程經けるほどに、都より然るべき人のむすめをわたさむといひければ、「かゝることのあるに、人の聞く所も憚らはしければ、しばし都へかへりて、むかへむ折こ」とてしたてゝ出だしけるが、あまりこちたく、贈り物などしてぐしければ、今はかくてやみぬべきわざなめりと思ひけるにつけても、いと心ぼそくて硯がめのしたに歌をかきておくりけるを、とりいでゝ見ければ、
「行く方もしらぬうき木の身なれどもよにしめぐらは流れあへかめ」
となむよめりけるを見て、むすめなりける人は、院のみやみやなどうみ奉りたるが、まだ若くおはしけるに京へ送りつる人「此の歌をよみおきたる返事をやすべき。又迎へやすべき」と申しあはせければ、「かへしはよのつねのことなり。迎へ給へらむこそ歌のほいも侍らめ」と聞こえければ、心にやかなひけむ、その日のうちに迎へに更にやりて、「けふかならずかへらせ給へ」とて、あけゆく程にかへりにけり。またその然るべき人のむすめを、いひしらず、ゐどころなどしつらひ、はしたもの雜仕などいふもの數あまたしたてゝすゑたりけれど、一<noinclude></noinclude>
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<noinclude><pagequality level="3" user="CES1596" /></noinclude>夜ばかりにて、硯がめの人にのみ離るゝこともなくぞありける。その女も大臣家の宮仕へ人なりけるが、母の筑紫に下りて菅原の氏寺の別當に具したりけるが、法師みまかりにければ、都へのぼるべきよすがもなくてをりけるを、そのむすめは、朝夕にこれを歎きけるほどに、大臣殿五節たてまつり給ひけるにや、わらはにいだすべき女、外のかたがた見給ひけれど、こればかりなる見えざりければ「思ふやう有りていふぞ。いはむこと聞きてむや」とありければ、「いかでか仰せごとにしたがはず侍らむ」と申しけるに、「五節のわらはに出ださむと思ふ」とのたまひければ、「いかなることもうけ給はり候ふべきを、それはえなむ侍るまじき」と申しければ、「あながちに思ふことにてあるに、構へて聞きたらばいかなる大事をも叶へむ」とありければ、かくまでのたまはせむことさのみもえいなび申さで出でたりけるに、かの大臣殿のわらはいかばかりなるらむとて、殿上人われもわれもとゆかしがりあへりける中に、さかりに物などいひける何の少將などいひける人も見むなどしけるを、ある殿上人の、「珍しげなし。いつも御覽ぜよ」と云ひければ、怪しと思ひて見るに、わがえさらず物いふ人なりければ、恨み耻ぢしめけれど、さほど思ひたちて出でにけり。のちに大臣殿、「此の喜びにいかなる大事かある」と問ひ給ひければ、「熊野にまうでむの志ぞ深く侍る」と申すに、やすき事とて夫さを{{*|如元}}などあまた召して、淸きころも何かと出だしたてさせ給ひて、參りて筑紫の母迎へよせむことを心ざし申してかへるに、淀のわたりにや、みゆきなどのよそひのやうに道もえさりあへぬことのありけるが、けふ政所の京に出でたまふといひて、よそに<noinclude></noinclude>
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<noinclude><pagequality level="3" user="CES1596" /></noinclude>はものとも思はぬことのいひしらず見えける程に、むしたれたるはざまよりや見えけむ。ふみをかきて、京より御ふみとてあるを見れば、大臣殿の御使にはあらで、思ひがけぬ筋の文なりけり。ありつる石淸水の僧の舟の人など見しりたるとも人といひければ{{*|どイ}}きゝも入れぬほどにかたがた思ひかけずいはせければ、いなびもはてゞ下りて、かの筑紫の母むかへとりて、都にしすゑなどしたりけるとなむきこえしは、小大進とかいふ人の事にやあらむ。
陸奧守橘爲仲と申す、かの國にまかり下りて、五月四日舘に應官とかいふ者年老いたる出できて、あやめふかするを見ければ、例の菖蒲にはあらぬ草を葺きけるを見て、「けふはあやめをこそ葺く日にてあるに、是れはいかなるものを葺くぞ」と問はせければ、「傳へうけたまはるは、この國には、むかし五月とてあやめふく事も知り侍らざりけるに、中將のみたちの御時、けふは菖蒲ふくものをいかにさることもなきにかとのたまはせければ、國の例にさること侍らずと申しけるを、さみだれのころなど軒のしづくも、あやめによりてこそ、今少し見るにも聞くにも心すむことなれば、はや葺けとのたまひけれど、この國にはおひ侍らぬなりとまうしければ、さりとてもいかゞ日なくてはあらむ。あさかの沼のはなかつみといふもの有り。それを葺けとのたまひけるより、こもと申すものをなむふき侍るとぞ、むさしの入道隆資と申すは語り侍りける」もし然らばひく手もたゆく長きねといふ歌おばつかなく侍り。實方中將の御墓はみちのおくにぞ侍るなると傳へきゝ侍りし。誠にや、藏人の頭にも成り給はで、みちのおくの守に成り給ひてかくれたまひにしかば、この世までも、殿上のつきめ<noinclude></noinclude>
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<noinclude><pagequality level="3" user="CES1596" /></noinclude>はものとも思はぬことのいひしらず見えける程に、むしたれたるはざまよりや見えけむ。ふみをかきて、京より御ふみとてあるを見れば、大臣殿の御使にはあらで、思ひがけぬ筋の文なりけり。ありつる石淸水の僧の舟の人など見しりたるとも人といひければ{{*|どイ}}きゝも入れぬほどにかたがた思ひかけずいはせければ、いなびもはてゞ下りて、かの筑紫の母むかへとりて、都にしすゑなどしたりけるとなむきこえしは、小大進とかいふ人の事にやあらむ。
陸奧守橘爲仲と申す、かの國にまかり下りて、五月四日舘に廳官とかいふ者年老いたる出できて、あやめふかするを見ければ、例の菖蒲にはあらぬ草を葺きけるを見て、「けふはあやめをこそ葺く日にてあるに、是れはいかなるものを葺くぞ」と問はせければ、「傳へうけたまはるは、この國には、むかし五月とてあやめふく事も知り侍らざりけるに、中將のみたちの御時、けふは菖蒲ふくものをいかにさることもなきにかとのたまはせければ、國の例にさること侍らずと申しけるを、さみだれのころなど軒のしづくも、あやめによりてこそ、今少し見るにも聞くにも心すむことなれば、はや葺けとのたまひけれど、この國にはおひ侍らぬなりとまうしければ、さりとてもいかゞ日なくてはあらむ。あさかの沼のはなかつみといふもの有り。それを葺けとのたまひけるより、こもと申すものをなむふき侍るとぞ、むさしの入道隆資と申すは語り侍りける」もし然らばひく手もたゆく長きねといふ歌おぼつかなく侍り。實方中將の御墓はみちのおくにぞ侍るなると傳へきゝ侍りし。誠にや、藏人の頭にも成り給はで、みちのおくの守に成り給ひてかくれたまひにしかば、この世までも、殿上のつきめ<noinclude></noinclude>
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市町の廃置分合 (平成17年総務省告示第133号)
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うるま市の設置について
wikitext
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{{ウィキペディア|うるま市}}
*平成十七年一月二十六日総務省告示第百三十三号
*施行 : 平成十七年四月一日
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[[Category:平成17年の総務省告示]]
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'''○[[w:総務省|総務省]]告示第百三十三号'''
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市町の廃置分合
[[地方自治法]](昭和二十二年法律第六十七号)第七条第一項の規定により、[[w:石川市|石川市]]、[[w:具志川市|具志川市]]、[[w:中頭郡|中頭郡]][[w:与那城町|与那城町]]及び同郡[[w:勝連町|勝連町]]を廃し、その区域をもって[[w:うるま市|うるま市]]を設置する旨、沖縄県知事から届出があったので、同条第七項の規定に基づき、告示する。
右の処分は、平成十七年四月一日からその効力を生ずるものとする。
平成十七年一月二十六日
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総務大臣 [[w:麻生太郎|麻生 太郎]]
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